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【コーチング】人間力ってなんだろう

2018年02月06日

僕は、人間力を上げるプラットフォームを作りたいな、って思っています。

そのために必要なのが、コーチング、ライティング、マーケティング、です。

今年はその活動をどんどんしていきたい、と思っています。

 

が、その前に、

そもそも人間力ってなんなんだろう、ってことを考える必要があるな、

と思いました。

 

人間力についてゆっくり考えてみた

 

人間力ってなんだろう?

 

ということで、人間力について考えてみようと思います。

人間力ってなんなのでしょう?

僕は、いろいろ考える中で、

人間力の向上のサポートをしていきたいんだな、という自分に気づきました。

 

でも、それってつまりどういうことなのか、それをうまく説明できないでいました。

これは思考が足りていない状態です。

なので、それについて思考してみます。

 

人間力を向上させるということは、

一つは「欲望に負けない自分になれる」

ということなんじゃないかと考えました。

 

ただ、こういうと、欲望って悪いものなのかな、

必要な欲求もあるし、そう決め付けるわけにもいかないな、

とも思いました。

 

 

欲望って悪いもの?

 

「欲望に負けてはいけない」って言われると、

なんだかそれっぽいフレーズに感じてしまうのはなぜでしょう?

 

人間、どこか、欲のままに生きてはいけない、

と思っているし、そういう教育を受けてきたからなんじゃないかと思います。

 

ただ、欲望にも善悪があるように思うのです。

明確な善悪で分けることは難しいけれど、

しいて分けるとしたら、

「自分を成長させる欲望」と「自分を堕落させる欲望」

に分けられるんじゃないでしょうか?

 

在りたい自分を実現するために、

その成長のために学びたい、

なんていうのは、自分を成長させる欲望ですよね。

 

人を騙してでも金を手にいれて、

人より優位に立って羨ましがられる生活をしたい、

なんていうのは自分を堕落させる欲望なのかもしれません。

 

明確な境界線はないけれど、

それを分けるキーワードはきっと、

「その選択をする自分が好きと思えるかどうか」

なのではないでしょうか?

 

そしてキーワードは「成長」ということになってきそうです。

 

 

なぜ人は成長したいの?

 

と考えると、

自分は果たして本当に成長したいのか、

という疑問も湧いてきました。

 

今のままでもいいような気もしません?

だってある程度快適に暮らすことができているし。

 

でも、じゃあ、

「ずっと今のまま成長できない人生でもいいですか?」

って言われると、

それはそれで嫌なような気もします。

 

それってなぜでしょう?

今のままに不満があるから?

いや、そうでもないような気がします。

 

じゃあ

「もうあなたは成長できないよ」

って言われると、とっても悲しい気持ちになるのはなぜでしょう?

 

たとえばあるプロのピアニストが

「もうあなたは技術も感性もこれ以上成長することはできない」

って宣告されてしまったら、

その人はもしかしたら死んでしまうかもしれない。

 

人間力と成長の間には、

とっても密接な関係があるように思うけれど、

これをビジネスという側面から考えてみたらどうだろう?

 

 

ビジネスという側面から考えてみる

 

僕がしたいことは、

人のビジネスの売り上げを上げるだけじゃなくて、

そのビジネスを通して、その人の人間力が向上するような、

そういうもっと成長したい人のためのコーチングを提供したい。

 

これは事実だし、そこに熱い想いがあることは間違いない。

 

けれど、

でもやっぱりなんで成長したいんだろう?

成長させたいんだろう?

 

人間は、きっと根元で「成長したい」という欲求を持っているように思います。

 

あ、待てよ。

 

動物は

「成長したい」という欲求は持っているのでしょうか?

 

持って居ないような気がします。

 

ということは、

成長したいという願いは、人間特有のものなのかもしれない。

 

今こうして僕が文章に綴っているのも、

結局は僕自身がもっと成長したいから、っていう理由もあるし。

 

でも、やっぱりまだわからないな。

なぜ人間は成長したいのだろう?

 

 

動物と人間の違い

 

このままが心地良いし、このままで生きてきたから、

変わりたくない、このままでいたい、

というのは動物的本能とも言えます。

 

人間も動物なのだけど、

でも、人間は自分自身は動物ではない、と思いたがっていますよね。

 

「あなたは人間というより動物ですね」

なんて言われたら、気分が悪い。

 

そして、

「わたしは人間である」ということを

より自分でわかりたいし、人にもわかってほしいから、

だから成長したいって思うのかもしれない。

それを証明したいのかもしれない。

 

うーん、でもなんか違う感じもします。

 

ただ一つ言えるのは、

こうして「あーでもないこーでもない」って考えるこの行為そのものが、

思考力の向上、人間力の向上に繋がるんじゃないかと

僕は思います。

 

 

知りたい

 

ということは、

人間は「自分が何者であるかを知りたい」=「自己認識したい」のかもしれない。

 

あなたは、

自分が何者であるかをきちんと説明できますか?

名前や誕生日や出身地や職業や肩書きのような、

あなたについた記号の説明ではなく。

 

あなた自身が何者かを、あなたは説明できますか?

 

きっと、

多くの場合は自分についた記号を自分自身だと思いながら、

でも、これは自分自身ではない、とも思いながら、

ときに、これは自分自身ではないけど自分自身であると思いたい、とか考えながら、

そういう矛盾のせめぎ合いの中に人間は常にさらされているんじゃないかと思います。

 

あれ、これってマズロー?

 

 

マズロー

 

ということで、マズローの欲求段階説と関わりがあるように思ったので、

ちょっと引き合いに出してみます。

 

まずは生存。これが一番根底の欲求。

次に、安全。

そしてつながりや愛をほしがる。

 

さらには、人から認められたい。

承認されたい、

という承認欲求が芽生えます。

 

段階説って言われていますが、

必ずしもこの段階をクリアしたら次の段階、っていうわけでもないと思います。

 

あなたも、認められたいですよね?

僕も認められたいです。

 

でも、なんで認められたいんでしょう?

社会的に認められないと、生きていけないから?

つまり、生存が脅かされてしまうから?

それもあるかもしれないけど、本当にそれだけでしょうか?

 

いや、僕はそれ以上に、

人には「認められたい」「わかってほしい」

と思う理由あもっと別にあるんじゃないかと思います。

ただ、その話はまた今度ということにして。

 

これで気付いたのは、

人は

「人からもわかってほしい」けど

「自分からもわかってほしい」

と願っているのではないか、ということです。

 

きっと、

「自分」は「自分」である、と、

自然界から独立した「意識」をもっているのって、

生物の中では人間だけなんじゃないでしょうか?

 

この、自分は自分であると認識できる「意識」は、

つまり自分という「自然」の中に

まるで「他人」のように存在している「自分」

とも言えるんじゃないでしょうか。

 

そうやって分離がなかったら、

自分を自分として意識することなんてできないはずです。

 

ということは、

その自分の中にいる自分を認識する自分こそが、

自分にとって最も近くにいる他人、とも言えるわけです。

 

そして、そのもっとも身近な他人である「自分という意識」に、

「自分をわかってほしい」「自分を認めてほしい」

「自分をわかりたい」「自分を認めたい」

と、欲するのではないでしょうか?

 

ちょっと話が確信に迫ってきました。

 

考えるということ

 

そして、そういうことが「わかった」「こう考えているんだ」ということを、

自分自身が認識することができる、ということ自体が、

意識は意識として独立して存在している、という証明にもなるはずです。

 

つまり、

そうやって自分を知り、自分の可能性を知ることこそが「成長」と呼ぶのかもしれません。

そしてその「知りたい」「わかりたい」という欲求に

僕たちは突き動かされているのかもしれません。

 

そしてそうやって満たされていくのがきっと、

マズローのいうところの、承認欲求を超えた先にある、

「自己実現の欲求」なんでしょうね。

まさに成長ですね。

 

そうやって、自分を知り、自分の可能性を知り、

自分の思う自分を実現していくことができたら、

「幸せ」だと思いませんか?

 

つまり

「成長」と「幸せ」の間にも、何か密接な関係がああるはずなのです。

 

 

成長と幸せと人間力

 

成長とは自分を知ることだ、とまとまってきました。

つまり、成長とは自分が何者であり、何を求めているのかを知ることです。

(あれ、それだけじゃない感じもするけど、いまはそうしておきましょう)

 

自分が何を求めているのかを知るということは、

自分にはどんなレセプタ(受容器)があるのかを知ることです。

これは、何かを感じることができる感性、とも言い換えられます。

 

つまり、成長とはこのレセプタが増やしていくこと、とも言い換えられます。

視点を増やす、という言い方もありますね。

 

そして、それを増やせば増やすほど、

日常の様々なことから、幸せを感じられるようになる、ということです。

 

そうなると、

正体不明の不安に振り回されたり、

自分を堕落させる「とりあえずの欲求」を満たすための、

不安由来の動物的な行動も減ってくるわけです。

 

だってそうやって自分の成長を感じることができていれば、

「もうすでに幸せ」で「満足」なわけですから。

 

人は満足したら成長をやめるのではなくて、

満足することで成長します。

 

自分は何者なのかを知り、

自分は何を求めているのかを知り、

レセプタを増やし、成長を続け、

幸せを味わい続けられる状態を自分で作り出せる能力を向上させること。

 

これこそが、

「人間力の向上」

なのではないでしょうか?

 

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