過去を思うか未来を思うか

今日、何件かコーチングセッションがあり、その間の空き時間で外を歩いていたときに、ふと思ったことがありました。

それは、

「人は、過去か未来か、いついかなる時もどちらかに引っ張られている」

ということです。

そして多くの人はおそらく「過去」に引っ張られています。

あの時こーだったから、とか、こういう実績があるから、とか、

何かと根拠を求める場面があります。

もちろんそれも大事なことだと思います。

 

それを思ったときに、あるなぞなぞを思い出しました。

僕が幼稚園生くらいのときん母親がよく読んでくれたミヒャエルエンデのモモという童話があり、

その中に登場するなぞなぞです。

 

あるところに3人のきょうだいが、
ひとつのおうちに住んでいる。

ホントはまるで違うきょうだいなのに、
あなたが3人を見分けようとすると、
それぞれがたがいに瓜二つ(そっくりってこと)。
1番上のきょうだいは今,いない、
これからやっと現われる。

2番目のきょうだいもいないが、
こっちはもうおうちから出かけたあと。

3番目のちびさんだけが、
ここに いる。

それというのも3番目がここにいないと、
あとの二人は,なくなってしまうから。

でもその大事な3番目がいられるのは、
1番目が2番目のきょうだいに
変身してくれるため。

あなたが3番目をよく眺めようとしても,
そこに見えるのはいつも他のきょうだいだけ!

さぁ、言ってごらん、
3人はほんとうはひとりかな?
それともふたり?
それともーーーだれもいない?

さぁ、それぞれの名前をあてられるかな?

それができれば、
3人の偉大な支配者がわかったことになる。

3人は一緒に,ひとつの国をおさめている、
しかも彼らこそ,その国そのもの!
その点で彼らはみなおなじ。

これ、なんだかわかりますか?

 

実は時間に関するなぞなぞなんです。

つまり、今ってものは存在しないんですね。

今は存在しないけど、人は今しか生きられない。

不思議ですね。

 

そして、その今を、過去に重ねたり、未来に重ねたりしているんです。

今のことを、過去だと思っていたり、未来だと思っていたりするんですね。

 

今しか生きられないけど、今なんてない。

今なんてないから、それは過去か未来かどちらか。

選ぶことができる。

それを知らなければ、ほとんどの今が過去に引っ張られていく。

 

子供の頃は過去が少なかったから、たくさん未来に引っ張られていたんじゃないかなーって思います。

そんなふうに、今を未来と重ねることを、自分で選びつづけることができるようにいたいな、

と、そんなふうに思いました。

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