【コーチング】体が体を続けられることが奇跡

最近整体に通い始めました。

生まれて初めてのことだったのですが、

僕の体はかなりバランスを崩してしまっているらしく、

実際整体を受けてみると、そのあとは肩がとても楽になったりとか、

まっすぐ立てるようになったりとか、

いろいろな体感があります。

 

その中で面白かったお話が、

「温めて良くなることはほとんどない」

という話です。

 

実は去年の秋、フットサルをしていて左ひざのじん帯を損傷しました。

それで、僕は温めるといいと思い込んでいたので、

お風呂に入ってゆっくり温めました。

その翌日整形外科に行き、レントゲンを撮ったりMRIを撮ったりして、

じん帯損傷と診断されて、湿布とサポーターを処方されました。

 

その話を整体でしたのですが、間違いが二つある、というのです。

それは何かというと、

「温めたこと」

「湿布を使ったこと」

です。

 

まず、組織が壊れて痛みがあるときは、炎症を伴ってて、

その温度が42度を超えるとタンパク質が変性をはじめて周りの正常な組織まで破壊するので、

炎症を伴って痛い時には温めるのはご法度だとのことです。治りにくくなると。

 

それから、湿布。これは清涼感があるだけで、冷やす効果はないそうです。

気休めに気持ち良くなる程度の効果しかない、とのことで、

よく湿布を貼っていた僕は驚きました。

 

それで、その話を聞いていてふと思ったのは、

「体が体の形を保っているのって奇跡だな」ということです。

 

あまり良い話ではないですが、たとえば床ずれ、という現象があります。

知らない方のために一応説明すると、寝たきりになってしまった方などが、

体勢を変えられないため、背中付近の血液循環ができなくなり、

その結果、組織の破壊(腐敗)が起きてしまうことです。

それで、僕は逆に、なんで人間の体は人間の形を保てるんだろう、と不思議になってきました。

 

水分60%、たんぱく質18%、脂肪18%、鉱物質3.5%、炭水化物0.5%

これが一般的な人間の体の構成です。

これらは全て、小学校の時に習った理科の周期表(HとかOとかCとか)で構成されています。

食べたものが消化されていろんなところに配られて、それが構成されるわけです。

その時には様々な酵素が触媒になって作られているんだろうなーと思うのですが、

僕はそんなこと頼んだ覚えがないのです(笑)

 

つまり、なぜかそれが勝手に行われていて、一個の「体」という状態にまとまっているのが、

僕たちの「体」というものなんです。

 

今日食べたタイカレーも、もともとは植物だったり動物だったりして、

そうなる前はまた別のものだったりして、元を辿ってくと、なんらかの分子で、

それはなんらかの原子で、それは陽子と中性子で、

それも細かくしていくと、結局エネルギー、というもはや物質なのかなんなのかわからないものだそうです。

それが塊になって形をなして、いろんな植物や動物の中を通ると別の形に変わったり取り込まれたりして、

それは酵素と呼ばれるものが触媒になって行われるのだけど、

その酵素だって元はたしかアミノ酸か何かで。それだって元をたどれば原子であって、それは陽子や中性子で、それはエネルギーです。

 

僕たち人間は、こういう理由でこうなった、と後付けの説明をすることはできるのですが、

一体どんな意図で、誰の意図で、そういう仕組みになっていって、今現在のその仕組みが宇宙中で大量に動いているのは何故なのか、

きっと誰も説明できなくて、

だから神様とかが必要になって、宗教が生まれたりとかするんだろうなーって思います。

 

何らかの意思(のようなもの?)がないと、こんなこと起きないんじゃないかなーと僕は思ってしまうのですが、

それこそ僕の考えの及びもしないようなもの、意思でもなんでもない、そもそも僕や人間の概念の及ばないようなものによって、

この法則のようなものが支配されているのかもしれない、とも思います。

 

だから、その意思(のようなもの)があるからこそ、僕の体の組織はどうにかして繋がって、

こうやって一つのものになっていて、それがなんか食べて、その中から取捨選択して、

体の組織に変えたり、おしっこやうんちにしたりしてるのを考えると、

僕の体って、いったい誰のものなんだろうって、とても不思議な気持ちになります。

 

そして、もう一つ面白いのは、

その意思(のようなもの)を、僕もこうして持っている、といことです。

この宇宙を支配する法則が何らかの意思であるならば、

僕もそれと同じではないにせよ、同じようなものを持っている、

と考えると、これもなんだか不思議な気持ちになります。

 

世の中には、「思考は現実化する」とか一見おかしなことを言う人もたくさんいますが、

実際にそういった事象を引き起こした意思は一体なんなのか、

と考えると、何らかの意思がそれを引き起こしているという可能性は全く否定できないように思います。

 

むしろ、それを偶然と片付けることの方が無理があるのではないでしょうか。

 

そもそも人間の脳は受信装置で、

受信した全てを知覚するようにはできていません。

脳自体が取捨選択をするのです。

だから、絶対に見たはずのものを覚えていなかったり、目に入っていないということが起きるのですが、

それこそ、それぞれの人が脳という受信機に対してどこにアンテナを立てているか、によって取捨選択のフィルターが変わるのは、

誰しも体験していることです。

(たとえば、意識が持って行かれてた、とか。赤ちゃんばっかり目につく、とか)

人間1日に6万回の判断をしているので、

その判断の時にどこにアンテナが立っていたかで、

受信する内容が変わるし、それによって発信する内容が変わります。当たり前ですね。

だとしたら、思考が現実化したり、思っていたものを引き寄せる力が働くことは、

何も不思議なことでもないような気もします。

 

人間も、自分の体が自分の体であることを、そもそも引き寄せているのかもしれない。

この話は科学的でないかもしれませんが、

そもそも科学が経験の蓄積でしかないので、これが僕の思考の蓄積である以上、僕の科学です。

 

つまり、そもそも体が体の形をなしていられることそのものが、

根本的に考えると、ちょっと信じられないことだったりするんです。

だから、信じられないことが起きることを前提にして、

自分の意思を信じるのも、悪いことじゃないんじゃないかなー、って思います。

 

そんなことを整体を受けながら考えていました。

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