ある人と話をしていた。
その人は日々僕と同じ作業をすることになっている。
「どう?あの作業、毎日できてる?」
「いやー、たまに忙しくてできない日がありますね」
そうなんだ。忙しいんだ。
でも、日々のタスクの多さで言ったら、
その人と僕とだったら、
おそらく僕の方がタスクは多い。
彼は何をもって忙しいという言葉を使ったのか。
別に僕が責めたり追求するような性質のはなしではないので、
「そっかー、まー忙しいときもあるよねー」
くらいの話にとどめたが、
もし僕が彼に、
「ん?僕の方が忙しくない?」
といったら
「まー、うん、確かにそうですね」
という返事が返ってきたと思う。
きっとそのときはこんな会話が待っている。
「そうでしょ?僕の方が忙しいでしょ?でもなんでやらなかったの?」
「いやー、疲れちゃうときもあって。気力がないときとかはできなくなっちゃいますね」
そう、おそらくこんな会話だ。
気力の問題。
それって本当に気力の問題なのだろうか。
明らかに疲れ切っていても、やることはやる人がいたとする。
彼は気力がなかったらやらないのだろうか?
そうではないと思う。
やるときめたことはやる、それだけのはずだ。
気力は、自分で測定するのは難しいだろう。
気力がなかったのではないのだ。
「気力がなかった」と言ってしまえば楽なのだ。
まあ、でもそう言わせてしまうのも、気力の問題?(笑)