僕は、以前からお話ししている通り、
自己啓発は好きですが、自己啓発系は嫌いです。
この二つの僕なりの定義は、
自己啓発は自分で気づき、自分で考え、自分を成長させるもの、ですが、
自己啓発系は、他己啓蒙の状態になっているもので、自立を促すことなく何かの目的のため(多くはビジネス)に、信者化させていくものです。
この自己啓発系のたちの悪いところは、
「自立しなさい」というメッセージと「私なしではあなたはダメだよ」というメッセージを同時に放っているところです。
つまり、「自立しないあなたに原因がある」としながらも「私の元に通い続けなさい」という状態を作ってしまうんです。
これは、ビジネスのやり方としては汚いと思います。
最近、自己啓発系や起業家塾系のそういうビジネスの人が増えた感じがしているのですが、
それがなぜなのか考えてみました。
もともと、人間には、言語化できない不思議な感覚がありました。
それはよく「スピリチュアル」と呼ばれるようなものです。
なんとも言い難いが、とにかく力強い、説明できない何か。
この時、原始の宗教が生まれたと考えています。
そして、
人間は言語を進化させていく中で、
そのような説明できなかった不思議な感覚を、
複雑ながらも体系立てて言語化して説明できるようになりました。
精神世界を言語化した学者さんは、ご存知の通り確かにいらっしゃいます。
これによって、
不思議現象に対する、どうとでも取れる曖昧な言葉を逆手にとって、
弱者から搾取をしていたエセ宗教(原始の宗教とは違う)が、
存在しにくい環境が生まれました。
しかし、
複雑に体系立てられたものというのは、決してキャッチーなものではありません。
そこで、もっとシンプルだよ、複雑なことはわからなくても、
成功哲学だけわかってれば、みんなハッピーになれるんだよ、
と、軽率で安易でキャッチーなメッセージを送ることで、
理解を促すように見せつつ、
実は理解を阻害する「限界」のある言葉を並べて、
自分の庭の中に継続的に居続けてくれる人を募って搾取するようになったのが、
自己啓発系の人です。
ちょっと自分で書いていてもわかりにくい説明になってると思うので、シンプルにすると、
最初、純粋な良心や好奇心から生まれた、説明しがたい原始の宗教が生まれました。
それが言語の進化とともに、精神世界を複雑ながらも言語ができるようになり、論理的でない、誰かの利益のためのエセ宗教が破綻しました。
しかし、複雑なものは世の中では好まれないので、飛びつきやすいメッセージで同じ世界を理解できるように見せかけつつ、実は箱庭の中で搾取するのが自己啓発系、
ではないかと思っています。
つまりそこにあるメッセージは「私の言うことだけを聞いていればいい」
です。
人の気持ちを焚きつけるだけ焚き付けて、起業まで導いておいて、
そのあとなんら責任も持たずフォローもしない起業家塾系の人も、
同じようなものだと思っています。