【ち】血合いの話

子どもの頃、秋刀魚の塩焼きが好きだった。

 

僕の子どもの頃なんていうのは、おそらく今と違って秋刀魚が高騰、なんてことはなかったんだと思う。

そうでなければ、裕福とは言えなかった僕の家で、あんなに何度も秋刀魚が食卓に登ることはなかっただろう。

 

その秋刀魚のどこが好きだったのかというと、実は血合いだ。

血合いっていうのは、あのこげ茶色のちょっと苦甘いような部分。

 

あれは、甘苦いっていうんじゃないんだよな。

苦甘いっていうのがあってると思う。

 

なんか、妙にあれが好きだった。

 

細長い血合いをきれいに形そのまま箸で取り出せた時なんかは嬉しかった。

そして、大きく取り出した血合いを、大事に大事に細かくして食べる。

それをご飯のおかずにする。

 

今思えば子どもの頃の妙な好みだったのかなと思うのだけど、でも子どもの頃ってそんなもんなのかな、とも思う。

というか、食の好みって面白いくらい変わるものではないだろうか。

 

今では秋刀魚の血合いなんて、それだけで食べたいと思うほど好きなものではない。

それだけで食べるよりは、通常食べる部分(なんて呼ぶんだ?)と、内臓の苦いところと、血合いをちょっと混ぜて食べた方が美味いと思う。

 

好みの変遷といえば、例えばイクラなんかがそうだ。

高級品なのでそんなにしょっちゅうは食べられなかったが、頂き物をしたり母が奮発してくれた時なんかは、そのイクラが最高のご馳走だった。

ほかほかご飯にどっさりと乗せて食べる。

ちゃんとは覚えていないけど、両親は食べていなかったかもしれない。

 

とにかくイクラが美味かった。

けど、それも今では滅多に食べない。

食べて美味しくないなんていうわけではない。

以前利尻島に泊まった時など、ビュッフェでイクラが食べ放題だったから、それこそ子どもの頃のように山盛りに乗せて食べたしとても美味しいと思った。

 

でも、普段から「今日はイクラが食べたいな」なんて思うことはない。

 

同じように好みが変わったのが焼き鳥の皮。

子どもの頃はモモなんて目もくれなかった。

ただひたすらに、皮、皮、皮。

 

甘いタレがついた皮。

そのタレがついたご飯。

最高のご馳走だった。

 

それも気がつけばモモの方が美味いんじゃないか、なんて思うようになり、逆に皮には目もくれなくなった。

 

だけどこれには続きがあって、30代後半になったある時、僕は博多に一人合宿をした。

当時僕は一人合宿というのが好きだったのだが、これはまた別の機会に説明したいと思う。

ともかく一人合宿をしていたのだ。

 

博多の住吉というところで。

博多といえば、僕が一番好きなのはゴマサバだ。明太子も美味しいけど、いかに博多明太子といえど東京でも同じものを食べられるように思ってしまう。

 

でも、海鮮は違う。

新鮮なサバにすりごまの入ったタレ。これは極上の味だ。

 

やはり海鮮の強い地域は魅力的だ。

だが、住吉というのは博多の中心街からは少し離れているところで、なおかつその時に僕が泊まったAirbnbはさらに住宅街寄りだった。

 

なので、徒歩圏内に海鮮のめぼしいお店がなかったのだ。

いや、本当はあった。釣りバカ小福というお店。あそこは最高だった。

 

でも、いかに最高のお店といえど、二晩連続でいくのも気が引ける。

 

ネット検索して、Airbnbから一番近くに見つけたお店、それがとりかわ大臣だった。

 

正直知らないお店だったし、それまで鶏皮が博多の名物だということも知らなかった。

 

だから、カウンターに座った時は驚いた。

串を打たれた鶏皮がうず高く山のように積まれている。

そしてお客さんはそれを10本単位で注文していく。

もちろんみんながみんなではないが、そういうお客さんが多かった。

 

そして、お酒を飲みながら、そればかり食べるのだ。

まるで子どもの頃の僕のように。

 

郷にいれば、だ。

僕も鶏皮をとりあえず5本頼んで食べた。

 

うまい。

 

カリッとして、もちっとして、ジュワッとしている。

甘いタレをビールで流し込む。たまらない。

 

鶏皮って、こんなに美味かったっけ。

 

いや、美味かったよ。

 

子どもの頃の原体験が蘇る。

 

そうだよ。甘かったんだよ。それで脂の味がして。

なんで、食べなくなっちゃったんだろうな。

 

他のものの美味しさを知ってしまったからだな、きっと。

 

皮が変わったわけじゃない。

最初にハマった焼き鳥が皮だった。

多分そういうことだろう。

 

そんなふうにして、僕はまた皮が好きになった。

 

今では、時々福岡から冷凍の鶏皮を取り寄せている。

それを時間をかけて解凍して、奥さんにカリッと焼いてもらうのだ。

こいつをビールで流し込む。最高だ。

 

さて、何の話だったか。

 

そうそう、秋刀魚の血合いの話だ。

 

でも、それについてはもうこれ以上書くこともない。

子供の頃、好きだった。

大人になって、別に、ってなった。

 

皮に関しては、

子供の頃、好きだった。

大人になって、別に、ってなった。

けど、また好きになった。

 

よっぽど、

【か】皮の話

【と】鶏皮の話

【や】焼き鳥の話

の方があってる。

 

でもいいんだ。エッセイだから。

 

散文だもの。

 

散らかしていきます。

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