【み】耳の話

「中野さんは不幸な耳をしています」

と、言われたことがある。


そんなふうに考えたことがなかったので、

これを言われた時には大変驚いた。


何もこれで運勢が悪くなるとか、

そういうわけではない。


この耳のせいで身の回りに悪いことが起きる、

なんていうこともない。


ただ、

この耳のせいで、というか、

この耳のおかげで、

人より多少お金がかかるのかもしれないし、

実際かかった。


けど、

そういう耳を持たない人で、

もっとお金を使っている人もいるのだから、

結果的にはやはりこの耳に感謝なのである。


さて、いったいなんの話なのか。


実は、

オーディオの音を聴く時の話なのである。


冒頭の、

「中野さんは不幸な耳をしています」

という言葉は、

あるオーディオメーカーの社長から言われた言葉だ。


その社長曰く、

僕は一般的な人よりも、

耳がちょっと過敏らしい。


と言っても、

絶対音感があるとか、そういうわけではない。

また人よりも小さい音が聞こえるとか、

人よりも高い音が聞こえるとか、そういうわけでもない。


音質と音像定位について敏感なのだ。


この話はとても伝えるのが難しい、ということに、

今このエッセイを書きながら気がついてしまったのだが、

書き始めてしまったのだから、なんとか書き続けてみようと思う。


まず前提として、音というのは非常に不思議なものだ。


例えば、後ろから話しかけられると、

後ろからの音だと判断することができる。

これは目を閉じていても、だ。


また同じように、上から話しかけられたり、

下から話しかけられても、

だいたいその方向を判断することができる。


これはなぜなのか。


おそらく耳の形がそうさせているのだと思う。


それだけではなく、頭や体の形状も影響を与えているのだろう。


それを脳は経験を踏まえて判断して、

「これは後ろからなっている」とか、

「右下からなっている」

みたいな感じで判断をするのだろう。


僕はどうもその、

「音がどこで鳴っているか」

という情報に対して、人より多少敏感らしいのだ。


なので僕が求めるのは、音像定位、つまり、

オーディオで音を聴いている時に、

その音がどこから鳴っているか、

ということがとても気になるのだ。


よく、

「スピーカーから音が飛び出してくるようにリアルに聞こえる」

みたいな表現があるが、

僕からするとそういう音はうるさい。


音像は、

・スピーカーよりも前ではなく、スピーカーの位置から後ろにかけて

・左右のスピーカーよりもさらに広いところからも

・スピーカーの高さよりも高いところからも

感じられるものでないと嫌なのだ。


だってそうだろう。


音楽のライブを見にいって、

ステージよりも前から音が鳴ることはない。

音が前方を経由して耳に到達することはあったとしても、

音像が前に出てくる、ということはないはずだ。


そして、そのステージを広大に感じるためには、

左右方向、上下方向、奥行方向に音像が感じられる必要がある。


そのオーディオメーカーの社長と、そういう話になったのだ。


その時に、

「中野さんは不幸な耳をしています」

と言われたのだ。


その社長曰く、

僕の感じ方はものすごく正しいのだけど、

通常オーディオで音楽を聴く時にそういう聴き方をする人はいない。


ただ、

「音像としてはそれが正しい」

のだそうだ。


非常に興味深かったのが、

優れた音質で収録されたCDというのは、

左右のステレオ情報しか持っていないにも関わらず、

・スピーカーの後ろ方向に奥行きを感じさせる音像情報

・スピーカーよりもさらに左右に広い配置を感じさせる音像情報

・スピーカーの位置よりも高い位置に配置を感じさせる音像情報

こういう情報が含まれているのだそうだ。


それは人間の耳が左右二つしかないのに、

後ろや上下からの音を感知できるのと同じように、

優れた録音のCDには、左右の音情報だけでも、

そういう音像定位を感じさせる情報が含まれている、

ということらしいのだ。


そして本来オーディオというのは、

元音源に対して脚色をするのではなく、

元音源の音をどこまで引き出せるかを追求すべきもので、

元音源の音にプラスもせずマイナスもせずに音を鳴らすことができれば、

3D空間の音情報は左右二つのスピーカーから豊かに表現されるものだ、

という話だった。


まさに僕がオーディオに求めているものだった。


その社長に、続けて僕はこう言ったのだ。

「○○という超高級メーカーの音、○○というハイエンドメーカーの音、お値段は数百万から下手したら千万単位のオーディオの音、確かにパッと聴いた感じ『高級な音だなー』と思うのですが、長く聴いていられないんです。疲れるんです。自然じゃないんです」

と。


すると社長はこう言うのだ。

「中野さん。やっぱり耳が不幸です」


高級オーディオメーカーの中には、

原音再生を謳っているにも関わらず、

「高級そうに聞こえる音」に脚色しているものが少なくないのだそうだ。


もしイヤホンを使ってて、イコライザをかけられるものだったらすぐに実験できるのだが、

7kHzあたりの音を少しブーストしてロックを聴くと

それだけでちょっと「音がはっきりした!」なんて感じることができる。


つまり、

そういうことをして、音を脚色して高級感を感じさせているオーディオメーカーも、

実は結構あるんだよ、ということらしい。


これは、どちらがよくてどちらが悪い、ということではない。


が、

僕の場合は音質への脚色に敏感、

かつ、それによって本来あったはずの音像定位が変化してしまうことにも敏感で、

そういうことを起こさずに、

つまり音質を変えずに、原音再生し、原音のままの音像定位を目指し、

実現しているオーディオメーカー、オーディオ製品となると、

かなり選択肢が絞られてしまうので、

だから「中野さんの耳は不幸」ということなのだ。


僕としては、それは全く不幸ではなく、

むしろ「選択肢が減って楽」だと思った。


もちろんそういうオーディオは安くない。

が、

超ハイエンド、というほどのものでもない。


そうやって買い揃えたオーディオは、

今は実家に置きっぱなしになってしまっている。


真空管アンプの調子もだいぶ悪くなってるので、

もしまた動かすなら一度オーバーホールしなければいけない。


僕が持っているスピーカーは、

世界に二組しかないもののうちの一組だ。

あれ、五組だったかな。


忘れたけど、とにかく結構希少なスピーカーで。


また、あの音を鳴らせる環境を作りたい。

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