【う】腕の傷の話

あまり目立ちはしないのだけど、僕の左腕、腕というか手首には、割と大きな傷がある。

3センチくらい、縦にズバッと切れている傷。

 

これは僕がデニーズを作っていた頃の話。

 

デニーズを作るってなに?と思われると思うけど、ようは内装業の会社で働いていたのです。

その会社は、座間にある小さな照明器具の会社だったのだけど、なぜか板ガラスの扱いがとても多くて。

 

当時は飲食店の分煙化が広まっていった頃。今思えば、大抵の飲食店は全席喫煙可だったんだから、時代って変わるものですね。

当時の分煙は、禁煙席と喫煙席が分かれている、というだけのもので、禁煙席に座ったって、近くの喫煙席でタバコを吸われたら、まあまあしっかりと臭ってきたものでした。

 

そこにきての対策ということで、分煙パーテーションというものが作られるようになりました。

つまり、喫煙席と禁煙席の間に、大きなガラスのついたてを立てるんです。

その設置工事なんかを、当時僕がいた会社では良くやったんです。

 

たいていは、腰の高さくらいの壁の上に、照明器具がついた太さ5センチくらいの柱が立っていて、僕たちはその柱を分解し、柱の中に走っている配線を把握し、壁の長さを測り、ガラスを納めるための溝がついた新たな柱を立て、その中に配線を通し、照明器具の電源を確保。

その上で、柱と柱の間、ちょうどの大きさに切ったガラスの板を溝に入れ込み、コーキングを打って固定。最後に照明器具をつける、というような作業です。

(文章だとひたすら分かりにくいですね)

 

要するに、分煙のための大きなガラスの壁を作るのだけど、その時にできるだけ元々あった壁や照明器具を活かして施工する、ということですね。

そんな仕事をしていました。

 

ガラスの板というのは、ダイヤモンドカッターというものを使って切ります。

その名の通り、ダイヤモンドでできたカッターで、先からオイルが染み出して滑るようになってます。

定規をあてがって、ダイヤモンドカッターを滑らせると、ガラスの板にツツーっと傷ができます。

そしたら、専用のペンチのようなものでグッと握ると、ピシッと音を立ててガラスが切れるんです。

 

この切られたばかりのガラスというのがものすごく曲者で、切り口に触れただけで、簡単に皮膚が切れて出血します。

だから、必ず切り口にやすりをかけないといけないんです。これが怖くて怖くて。

 

その会社は当時、おそらくデニーズから重宝がられていて、そういう分煙パーテーションの設置のために全国のデニーズに出張に行きましたし、それだけでなくトイレの大きな鏡の交換、なんていうのもやりました。

トイレの洗面台って、大きな鏡があるじゃないですか。あれを交換する、という仕事です。

あれって、どうやって交換すると思います?というか、どうやって壁に固定されていると思います?

 

なんと、両面テープなんですよ。壁にガラス用の両面テープで固定されているだけ。

これがそんじょそこらじゃはがれないんです。

 

じゃあどうやってはがすのか。

 

まず、鏡に格子状にガムテープを貼っていきます。

全体的にガムテープが貼れたら、鏡をバールのようなものでぶっ叩きます。

 

はい、ニュースなどでよく聞く、バールのようなものです。っていうかバールです。釘抜きのお化けみたいなやつ。

あれでぶっ叩いて割っていくんです。

そして、ある程度割れたら、革手袋をした手で、鏡を剥がしていくんです。

 

ね、怖いでしょ(笑)

 

実際には、革手袋って本当に丈夫で、ガラスの破片なんかじゃ切れないんですけどね、、、

 

その時は違ったんです。。。

 

僕はその作業をしていたんですが、その最中に落ちてきた鏡の大きな破片が、革手袋で覆われていない僕の左手首にぐさり。

本当に、見事にぐさり。

中野、出血多量。

 

慌ててタオルで押さえて、おっかない先輩のところへ。

 

「すみません、ガラスで切っちゃいました」

 

すると先輩、こちらをチラリとも見ずに、

 

「ちっ。コンビニ行って消毒液買ってこい。」

 

いや、はっきり言って、消毒液でどうこうなる傷じゃないんです。

というか、消毒液は傷を治すためのものじゃないんです。

でも、その先輩が本当に怖いんです。

だから僕は、口ごたえせずにコンビニに行きました。

 

コンビニの入り口に辿り着くと、僕の左手首に巻かれたタオルからは血がしたたっていました。

でも、僕は消毒液を買わなければいけないんです。

気分はまるで、はじめてのおつかいです。

 

入店するや否や、レジに直行。

パートのおばさんに「すみません、消毒液はありますか?」

おばさんはびっくりです。

だって、手首から血をダラダラ流しているお兄ちゃんが急に来たわけですから。

 

「はい!少々お待ちください!」

顔を真っ青にしたおばさんは売り場に走っていきました。

 

そして、すぐにおばさんが息を切らして帰ってきました。

 

「すみません」

 

と。

 

「チョコレートケーキしかありませんでした」

 

と。

 

は?

 

え?

 

何事かと思ったら、僕が、

「消毒液ありますか?」

と聞いたのが、

「ショートケーキありますか?」

に聞こえたそうで。。。

 

僕は手首から血をダラダラ流しながら、この世の最後の思い出としてショートケーキを食べにきたお兄ちゃんに見えたんでしょうね。

 

結局そのおばちゃんの勧めで、コンビニの斜向かいあたりにある整形外科に飛び込んで、お尻に痛み止めの注射を打たれて、その場で縫われました。

先輩に電話で報告するとめちゃくちゃ怒られましたが、僕は一応消毒液を買いに行ったので、先輩の言うことはちゃんと聞きました。

 

さて、この話はもう20年以上前の話なのですが、つい最近別のところでこの話をした時に、驚くべきことが分かりました。

なんと、伊集院さんも同じように「消毒液」を「ショートケーキ」と聞き間違えられた経験があると、エッセイ集の中で話しているそうなんです。

おかげで僕はパクリ疑惑をかけられたのですが、、、

 

これは紛れもない実話ですし、もちろん伊集院さんが僕のエピソードをパクったなんてこともないでしょう。

 

つまり、伊集院さんには不思議なご縁がある、ということです。

 

あ、光さんの方です。

 

傷が見たい方は、僕に会った時に言ってくださいね。

一回300円です。

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