みなさん!はいさいちぷらんけうし!
さて、なんとか「ん」まで来ることができた。
ここまで書けば、たとえ僕がここで「あいうエッセイ」をやめてしまったとしても、
誰も怒ることはあるまい。
ましてや「次は『が』ですか?」とか「『きゃ』とかもやるんですか?」なんてことも聞かれないだろう。
このエッセイを始めるきっかけになった伊集院光さんには連絡くらいするかもしれない。
この間、試合の帰りに車を運転していたら、ニッポン放送で伊集院光さんが話しているのを聞いた。
こういうラジオに「『のはなし』と同じように『あいうエッセイ』というものを書いてみました」
なんていうメールを送ったら、喜んで取り上げてくれるかもしれない。
しかも、伊集院静さんと間違えて本を買いました、みたいなところから始めるわけだ。
まあ、そんなこんなで「ん」まで来たわけなのだが、
「ん」からはじまる言葉というのはそんなにあるものではない。
何かないかなーと思いを巡らせていた時、
ふと思い出したことがある。
それは、僕が初めてカラオケというものに行った時の話だ。
中学2年とかだったと思う。部活の仲間と一緒に。
あの頃はいわゆるデンモクなんてものはなくて、百科事典みたいな分厚い冊子に歌と番号が載っていた。
「世の中にはこんなにたくさんの歌があるのか」
なんて、ちょっと感動したのだ。
と同時に、僕は思ったのだ。
「これだけたくさん歌があるならば、『ん』から始まる歌ってあるんだろうか」
と。
そして調べた。
すると、あったのだ。
「んもの時代」
当時はなんのことか分からなかった。
そして、そんなできごとは忘却の彼方に去っていた。
そして今回「ん」について書く必要が出た時に、
ふと「んもの時代」という言葉を思い出したのだ。
そして検索してみた。
あの歌はなんだったのだろうか、と。
だけど、
「んもの時代」
という言葉で検索をしても、何もヒットすることはなかった。
僕が中学生の時の話だ。
つまり、30年くらい前。
もう、世の中から忘れ去られてしまった歌なのだろうか。
そこで僕はもう少し考えた。
んもの時代。
これはそもそもどこの言葉なんだろう、と。
言葉としては「んも」「の」「時代」だろう。
ならば「んも」とは何かを考える必要がある。
発音してみるとわかるが、これはなんとなく「芋」のような感じがする。
沖縄の金武町あたりには田芋という特産品があるが、
これも「たーんも」と言われていたのを聞いた覚えがある。
ということは「んもの時代」は沖縄の言葉である可能性が高い。
となれば、
「んむの時代」
「んむぬ時代」
といった言葉で検索すれば出てくるのではないか。
結果は見事にヒットだった。
しかも「芋の時代」という漢字表記まであった。
さて、なぜそこまで推理を働かせることができたのか。
僕は沖縄には縁もゆかりもないのが、
沖縄という土地が好きだ。
そして僕には、
「地名」「人名」「言語」
といったものを調べるという趣味がある。
といっても、学問になるほど掘り下げることはないのだが、
酒の席で会話のネタになるくらいの軽い知識として学ぶのが好きなのだ。
そういった浅はかな僕の知識によれば、
沖縄の方言、いわゆる「うちなーぐち」では、
「あいうえお」のうち「えお」があまり発音されず「いう」に変化しやすい。
なので、
「んもの時代」という言葉は、
「んむの時代」とか「んむぬ時代」なんていう言葉に変化しやすいのではないか、と推理したのだ。
今「うちなーぐち」と書いたが、これだって「沖縄口」つまり沖縄言葉のことだ。
沖縄は「うちなー」になる。
沖縄では「き」が「ち」になりやすい。
これは江戸っ子の「ひ」ち「し」がごちゃごちゃするのと似ている感じがする。
つまり「おきなわ」は「うちなわ」となるのだ。
そしてそれが発音されやすい形に変化して「うちなー」。
沖縄の人は「うちなーんちゅ」
「の」は「ん」に変化しやすい。
島の人も「しまんちゅ」
ほかには「も」も「ん」に変化しやすい。
これはおそらく「も」が「む」になって「ん」になるのだろう。
本州で「あれもこれも」と発音する言葉。
これは沖縄では「ありんくりん」になる。
これは非常にわかりやすい。
「えお」は「いう」になるので、「れ」は「り」になる。
「も」は「む」になり「ん」になる。
となると「あれもこれも」は「ありんくりん」になる。
沖縄には「保栄茂」という地名がある。
これは、沖縄最難読地名の一つとして有名なので、
ご存知かもしれない。
「保栄茂」は「びん」と読む。
漢字三文字で読み仮名二文字というのは、
もう本当にいい加減にしてほしいと思う。
香具師(やし)みたいな漢字だ。
さて、
保栄茂がなぜ「びん」になるのか。
実はこれも今まで解説してきたロジックが通用する。
保栄茂。
これはもともと「ぼえも」であったということは想像しやすい。
「ぼえも」「ぶえも」「ぶいも」「ぶいむ」「ぶいん」「ぶぃん」「びん」
これで「保栄茂」は「びん」となる。
沖縄最難読地名としてもう一つよくあげられるのは、
「勢理客」
だ。
「勢理客」は「じっちゃく」と読む。
もうほんとにちょっと待ってくれよ、と思うが、
これも今までのロジックでいける。
勢理客はおそらく元々は「ぜいりきゃく」だったと思われる。
「ぜいりきゃく」「じいりきゃく」「じいりちゃく」「じぃりちゃく」「じっちゃく」
これで「じっちゃく」になる。
「じぃりちゃく」から「じっちゃく」にいくのが無理矢理に感じるかもしれないが、
実際発音してみるとわかるように「じぃりち」という「いの段」の連発は、
発音的に省略したくなる。
こういうのを言語学的に「なんとか化」と呼ぶ、そういう言葉があったと思うのだが、
忘れてしまった。
沖縄難読苗字としてよく出てくる「仲村渠」さん。
これは「なかんだかり」さんと読む。
これもおそらくもともとは「なかむらだかり」さんだ。
「なかむらだかり」「なかんらだかり」「なかんだかり」
こうやって、なんとなく読みやすいように省略されていくなんていうことは、
沖縄じゃなくてもよくある。
有名な例で言うと、
岐阜県の各務原市。
これなんかむちゃくちゃ厄介な状況になっている。
各務原市は、正式な行政名としては、
「かかみがはらし」
と読まれる。
かかみがはら。
ところが、その各務原市が存在する岐阜県内では、
83%のひとが「かがみはら」と呼んでいる。
「かかみがはら」「かがみはら」
似ているけど、全然違う。
さらに、実際に各務原市内に住んでいる人に、
「各務原」をなんと読むか、というアンケートを取ると
かかみがはら・・・40%
かがみはら・・・35%
かかみはら・・・13%
かがみがはら・・・12%
市内でこんなに揺れるのだ。
これは、それぞれのちょっと前のご先祖様が、
言いやすい言い方をしていて、それが口伝されていったと考えられる。
この手の話というのは書こうと思えば他にも色々出てくるのだが、
もうすぐこのエッセイも3000文字に達してしまうので、
この辺でやめておこうと思う。
ということで「ん」の話だったのだが、
僕が一番好きな難読地名は、
北海道の「仙鳳趾村重蘭窮」だ。